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東京地方裁判所 平成9年(ワ)16250号 判決 1999年4月26日

主文

一  被告は、原告に対し、別紙目録記載の帳簿及び書類を閲覧及び謄写させよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

主文と同旨。

第二  事案の概要

本件は、被告の会員であり、かつ、いまなお被告の理事の地位にあるとする原告が、被告に対し、被告の運営、会計処理が不明朗であるとして、権利能力なき社団の理事の職務上の権限に基づき、又は、権利能力なき社団の会員の四分の一以上の者から委任を受けた会員として条理上の業務検査請求権に基づき、被告の会計帳簿等の閲覧及び謄写(以下においては、特に断りがない限り、単に閲覧という場合でも謄写をも含むものとする。)を求めている事案である。

一  争いのない事実

1 被告は、交通事故被害者の家庭及び遺児の援護並びに遺児家庭の緊急時の経済的援助と会員間相互の扶助を行うほか、交通事故防止の活動を行うことを目的として、昭和五〇年二月一一日に設立された権利能力なき社団である。

被告の活動費の大部分は、一般企業、公の団体、個人等からの寄付金(年間金二〇〇〇万円以上)とこれまでに蓄積した基金約金二億二五〇〇万円により賄われており、その活動は、平成六年一〇月に毎日社会福祉顕彰を受賞するなど交通遺児家庭の福利に貢献したものとして、一般に高く評価されている。

2 原告は、被告の会員であり、遅くとも昭和五四年から被告の理事の職に就いてきた者であり、少なくとも平成七年六月時点においては理事の地位にあった(現在において理事の地位を有するか否かについては争いがある。)。

3 被告が結成された昭和五〇年二月以降、阪本みゆき(以下「阪本」という。)が被告の会長を務めてきたが、平成七年二月に従前の事務員の辞職を契機に原告を含む当時の理事が被告の会計処理等に疑問を提起し、同年四月の定期総会においては会長の選出ができなかったため、平成七年度の役員選出議案については従前の理事に一任された。その後、従前の理事による理事会において協議が重ねられた。

なお、被告の会則上は、「理事及び監事は、総合でこれを選任し、理事は互選で会長一名、副会長二名を定める。」(第一〇条一項)旨規定されているが、被告においては、設立以来、理事会で会長候補を推薦し、総会で直接会長を選出し、右会長が役員を指名する方法によってきた。

4 その後、阪本は、遅くとも平成七年秋ころから、被告の会長としての職務を行っており、平成八年四月二一日、阪本の招集により平成七年度の定期総会が開催され、右総会において、会員が直接会長を選出するという従前と同様の方法で、阪本を会長に選出し、その後阪本は原告ら五名の従前の理事を除いて新役員を指名した。

5 原告を含む平成六年度の理事ら五名(以下「原告ら」ともいう。)は、平成八年一一月二九日付で、被告に対し、「交通遺児母の会の運営及び会計に関する質問状」と題する質問状を送付したところ、被告は、同年一二月九日付で、原告らに対して「ご回答」と題する書面を送付した。

原告らは、右回答が十分でないとして、平成八年一二月二五日付で、被告に対し、前回と同様の題で再質問状を送付したが、今度は被告からは回答はなかった。

6 その後、原告らは、被告会員に呼びかけて会計監査を求める原告宛の委任状を多数集めて、平成九年四月二〇日に開催された被告の平成八年度定期総会に出席し、会計帳簿等の公開を求めたが、結果的には右提案はまったく審議されなかった。

そこで、原告は、平成九年八月五日、被告に対して本件訴訟を提起した。

二  争点

1 被告の運営、会計処理に不明朗な点が存するか

【原告】

被告は、昭和五〇年二月一一日の設立以来、一貫して阪本を会長として運営されてきたが、阪本によって、長期間に亘って会則を無視した以下のような不明朗な運営、会計処理が行われてきた。

(一)  会員名簿を会員に対して開示しないこと

(二)  理事及び会長を会則に則らずに選任していること

(三)  平成六年度春のバスハイクについて、バス一台で行ったにもかかわらず、バス二台を利用したような経理処理がされていること

(四)  見舞金の支出が多額であり、支出の内規も不明であり、支出先、支出額、執行した理事を明らかにしないこと

(五)  朝日厚生文化事業団による困窮世帯に対する年末一時金の支給に当たって、理事のうち数人に受領書代りの葉書に署名させ、実際には対象者に支給せずに被告の資金としていること

(六)  平成七年三月一四日に被告から静岡県交通遺児を励ます会に送金された金一一〇万円の使途について納得のいく説明がないこと

(七)  交通遺児の高校生の会である「おおぞら会費」名目の支出に実体がないこと

(八)  各種行事の参加者に遺児家庭以外の一般家庭の家族を阪本の独断で認めていること

(九)  阪本の福岡・東京間の交通費、静岡・東京間の交通費を被告が負担していること

(一〇)  各種行事の都度なされる仮払いに対する領収証を開示しないこと及びお中元、お歳暮の送り先が公表されないこと

【被告】

被告の運営、会計処理に不明朗な点はなく、また、会員名簿を公開しないのは会員のプライバシーを保護するためであり、正当な理由がある。

2 原告に理事の職務上の権限に基づく会計帳簿等の閲覧請求権が存するか

【原告】

(一)  原告は、遅くとも昭和五四年度から平成六年度までは被告の理事の職にあったが、被告においては、その後会則に則った適正な役員選任手続が取られていないため、会則第一二条三項「役員は、その任期満了後でも後任者が就任するまでは、なお、その職務を行わなければならない。」の規定により、現在も法律上理事の地位を有する。ただし、実際にその職務に関与することは拒絶されている。

(二)  原告は、被告の理事としての職務を遂行する上で必要であるから、被告が管理する別紙目録記載の会計帳簿等を閲覧する権利を有する。

すなわち、被告の会則一一条によれば、会長は「本会を代表し、会務を統轄する。」者であるが、一方、理事は「理事会を組織し、総会の議決に基づいて、会務を執行する。」者である。ここにおいて、理事に会務の執行権限があることは明白である。したがって、各理事は、理事会で必要事項を決定するに当たり、また会務を執行するに当たり、何時でも会務の運営、会計の状況を把握していなければならない。そして、不明朗な運営、会計状況が窺われる場合にはこれを点検すべき義務がある。被告においては前記のような不明朗な運営、会計処理が窺われるのであるから、理事である原告は、被告会員に対しこれを是正する義務を負っている。

(三)  よって、原告は、被告に対し、理事の職務上の権限に基づき、別紙目録記載の会計帳簿等の閲覧をさせるよう請求する。

【被告】

原告を含む六名の平成六年度の理事は、平成七年六月三日の理事会において理事を辞任し、その理事会において阪本が暫定的に一年間会長を引き受けることとなり、会長の指名により新たな理事が選任された。

また、被告の会長外理事一〇名は、平成八年四月の被告の総会において選任され、さらに平成一〇年五月の総会においては、会則の規定に従い、総会の決議により理事が選任された後、右理事の互選で会長が選任されている。

したがって、原告は、いずれにしても現時点では被告の理事の地位にはないから、被告の理事であることに基づく原告の請求は理由がない。

3 原告に被告の会員として条理上の業務検査請求権に基づく会計帳簿等の閲覧請求権が存するか

【原告】

(一)  原告は、被告の会員であり、また、被告の会員一一一名から委任を受けた者として、被告が管理する別紙目録記載の会計帳簿等を閲覧する権利を有する。

すなわち、原告を含む五名の理事は、前記のような被告の不明朗な運営、会計処理を是正させるため、平成八年一一月二九日付及び同年一二月二五日付で被告代表者宛に「交通遺児母の会の運営及び会計に関する質問状」及び再質問状を送付したが、十分な回答を得られなかったため、被告会員に呼びかけて、会計監査を求める原告宛の委任状を一一一名から集めて、平成九年四月開催の定期総会に臨み、会計帳簿等の公開を求めたが、議長を務めた阪本の強引な議事進行により、原告らの提案はまったく審議されず、発言も遮られて総会は終わってしまった。そこで、被告会員(被告の回答書によると四二八名)の四分の一以上の多数が新たな会計監査を求めている以上、条理上(商法二九三条の六、一〇〇分の三の株主による会計帳簿書類閲覧謄写請求権との比較)被告は会計帳簿等を開示する義務があるというべきである。

(二)  よって、原告は、被告に対し、被告会員の四分の一以上から委任を受けた者として、条理上の業務検査請求権に基づき、別紙目録記載の会計帳簿等の閲覧をさせるよう請求する。

【被告】

一般会員には法文上、あるいは被告の会則上も会計帳簿等の閲覧請求権は定められておらず、一般会員は、仮に会の運営について不審があれば理事、監事等に意見を申し出て、その対応に不適正な点があれば役員解任請求をし、あるいは役員改選に当たり当該役員を選任しないことにより適正な理事を選任して会の運営の適正化を期するのが筋合いというべきである。

利害関係のより切実な商事会社についてすら、明文をまって株主の帳簿閲覧権が認められるところであり、被告のような権利能力なき社団においてかかる明文なくして当然に帳簿閲覧請求権を認める理由がない。

第三 当裁判所の判断

一  本件紛争に至る経緯及びその後の状況

本件を検討するにあたって、まず、被告の設立から本件紛争に至る経緯及び本件訴訟提起後の状況等について、事実認定することとする。

1  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告は、昭和四二年に結成されて活動していたボランティア団体「交通事故遺児を励ます会」(以下「励ます会」という。)に属していた阪本が中心となって、昭和五〇年二月一一日、励ます会から分離独立して結成された任意団体で、以後、阪本が会長として会務を運営してきた。

阪本は、交通事故の被害者ではないが、昭和四三年財団法人交通遺児育英会が結成されて以降、同財団の理事に就任していたが、平成四年以降は同財団の常任理事になっている。

(二) 原告は、昭和四三年六月、長男を出産した一週間後に夫を交通事故で亡くし、以後上京して働きながら苦労を重ね一人で子供を育てていたが、昭和四七年に励ます会から行事への招待を受けてこれに参加し、同じ境遇の人々との交流を通じて自分だけが苦労しているのではないと考えることができるようになり、また、ボランティアの青年らと楽しそうに遊ぶ我が子の姿を見ることができ、精神的支えを得ることができたことから、自分も時間ができたら、その活動のお手伝いをしたいと思うようになった。原告は、その後は励ます会から分離独立した被告の行事にも、当初は励ます会の行事だと思い参加していたが、昭和五二年に被告の役員になってからは、阪本の指示に従い、被告の活動に参加し各種行事について積極的に手伝いをしてきた。

(三) 被告は、交通事故被害者の家庭及び遺児の援護並びに遺児家庭の緊急時の経済的援助と会員間相互の扶助を行うほか、交通事故防止の活動を行うという目的(会則第三条)のために、各種団体や個人からの寄付を募り、また、募金活動やバザーを行ったり、バスハイク、キャンプ、クリスマス会、新年会などの各種招待行事を開催したり、各種貸付金を実施するなどして活動してきたが、いずれの場面でも、阪本がこれを指揮し、取りまとめていた。

(四) 被告においては、会則上は「理事及び監事は、総会でこれを選任し、理事は互選で会長一名、副会長二名を定める。」(第一〇条一項)とされていたが、実際には、結成当初から、理事会で会長を推薦して総会で選任決議を得た上、右選任された会長が各役員を指名するという手続が長年慣行として取られてきた。

そして、阪本は、二年ごとの役員改選時期が来る度に、「私はもう会長は引き受けられない。」「一人でも役員をやめたら私も会長を辞めます。」などと愚図りはじめ、役員らから「我々も一生懸命やりますから、会長をお願いします。」という言葉を引き出したうえ、理事会の推薦に基づき総会で会長に選任され、自分に協力的な人を役員に指名してきた。

(五) 昭和六二年ころの総会の際、阪本がこれ以上会長はできない旨繰り返すので、理事会では結成当時から副会長として活動してきた別の理事を会長に推薦することとし総会に臨むことにしたが、総会当日の朝になって、阪本は、右会長候補の理事に対し、「あなたが会長になるなら、顧問弁護士も会計士も事業団もどこも協力してくれませんよ。どうするんですか。」などと詰め寄り、自分が会長をやりますと宣言して、結局は会長に就任し、それ以降は右会長候補であった理事の提案、意見等には悉く反対するようになった。そのため、右理事は、次第に居辛くなりその後理事を辞めたが、さらに阪本が出席する会の行事にも出席することが事実上困難な状況となった。

かかる事態を経験したため、各理事は、それ以後は、理事会において、会長として阪本以外の者を推薦するようなことは検討すらしなかったことから、それまでと同様、毎回、阪本が会長として改選され、同人が役員を指名してきたが、その間、会長と意見が対立して理事や会員を辞めていった者もあった。

(六) 阪本は、被告の運営のすべてを掌握し、特に会計面では貸付先の決定や見舞金、お歳暮、お中元の送付などに関しては会長の一存で実施する一方、バスハイク時のジュースの購入に至るまで会長の了承を要するほど、実質的にはほとんど一人で処理していたといっても過言でない状況であった。

各種行事の際の費用の出金の手続は、まず、阪本が被告の会計からまとまった金額の仮払いを受け、その際阪本が自らの領収証を被告事務局に交付し、各担当理事が費用の明細書や領収証を添えて阪本に請求し、右仮払金の中から支払を受けるという方式であったが、その際、阪本が右明細書や領収証を廃棄することもあった。

(七) 原告は、阪本の指示により、当日福岡に行っている阪本に代わり、被告の理事である仁科清子(以下「仁科」という。)及び日下部政子とともに、平成七年二月九日及び一〇日の両日に亘って、被告の従来からの事務員(以下「旧事務員」という。)が三人とも辞めることに伴い、旧事務員から新事務員に対する事務引継ぎに立ち会った。

その際、原告らは、阪本からは旧事務員の辞職理由を「役員が事務員に仕事を頼みすぎたから」と聞いていたので、悪いところがあれば改めたいし、謝りたいという気持ちから、旧事務員に辞職理由を聞いたところ、旧事務員らは、役員のせいではなく、阪本が自分たちを煙たがっており、同人のいじめに我慢できないから、三人一緒に辞めることにした旨答え、従前の会計処理の状況を不明朗な点を指摘しつつ説明し、机の抽斗の中から「会長が会食名目で会の方へ請求しているお金は、会長自身の私的なことに使われていることを皆さま御存知ですか。」と記載された匿名の手紙を取り出し原告ら三名に交付するとともに、今後は役員は経理のことをよく見た方がいいとの助言と忠告を与えた。

原告ら三名は、旧事務員の説明を聞いて、これまで阪本の行ってきた会計処理等に薄々抱いてきた疑問が益々大きくなり、何らかの対策を講じる必要性を感じた。

(八) 平成七年四月一六日に被告の平成六年度の総会が開催されたが、阪本が現れず、連絡も取れないため、三〇分遅れで開会し、五号議案までの審議が終わり、六号議案(役員改選)を残すのみとなったが、終わり近くになって阪本が現われて、会則では総会の議長は会長が当たることになっているので、総会は成立しておらず、これまでの審議は無効である、被告への寄附は自分が集めた、いままで顧問弁護士と相談してきたが会長は降りた方がいいと言われたので会長はできない、私が会長を辞めたら顧問弁護士や会計士は協力してくれませんなどと発言したため、最終的には時間切れとなり、役員の選任は従前の理事に一任されることとなった。

(九) その後、平成七年四月二一日、五月七日、五月一九日と理事会が開かれたが結論が出ず、五月二八日開催の理事会(理事七名出席、阪本欠席)において、ようやく当時の副会長であった仁科が二年間だけ会長を引き受けることとなり、副会長その他の役員の人事についても理事会出席者の了解が得られた。そこで、六月三日開催の理事会(七名出席)の際に、仁科が阪本に対し、「私が会長を引き受けることになりましたので、阪本さんには名誉会長としていろいろ教えていただきたい。」と話し、他の役員も「名誉会長としてどんどん会に出て下さい。」などとお願いしたところ、阪本は、役員たちに対し、「会長は私がやります。他の人が会長だと協力して、私が会長では協力できないのですか。」と強い口調で発言し、同人が前回の理事会の決議を認めようとしないまま、理事会が終了した。

(一〇) その後、原告や仁科は、平成七年七月上旬、同月一四日一九時から「役員改選について」結論を出すための役員会(理事会)を開催する旨の通知を受け取ったが、両名とも、出席しても阪本が好き勝手にするだろうと考え欠席した。その結果、右期日の理事会は出席者が三名のみで定足数(理事一二名の二分の一、六名)に達せず流会となった。

ところが、平成七年九月に入って、原告や仁科は、被告事務局から、役員会(理事会)の結果、平成八年三月末まで暫定的な形で阪本が会長を引き受けることになった旨の通知を受けた。しかし、右通知には他の役員に関しては何の記載もなかった。

(一一) 平成八年四月二一日、阪本の招集により被告の平成七年度の総会が開催され、原告や仁科も出席したが、総会の決議によって直接会長を選任するという従前と同様の方法により、会長宛の多数の委任状の存在もあって、阪本が会長に再選され、その後同人が新役員を指名したが、原告や仁科らは役員に指名されなかった(ただし、原告や仁科らには誰が新役員に指名されたかはまったく知らされなかった。)。

なお、被告においては、会員名簿は会員に対して配布や公開されないばかりか、長年理事を務めた原告やその同僚たちもこれを見たことがなかった。

(一二) 原告を含む平成六年度の理事のうちの五名(原告ら)は、被告に対し、平成八年一一月二九日付の「交通遺児母の会の運営及び会計に関する質問状」と題する質問状を送付したところ、被告は、同年一二月九日付で、原告らに対して「ご回答」と題する書面を送付した。

しかし、原告らは、右回答が十分でないとして、右回答内容の問題点を再点検し、被告に対し、さらに平成八年一二月二五日付で、前回と同様の題で再質問状を送付したが、今度は被告からは何らの回答もなかった。

(この点については前記のとおり当事者間に争いがない。)

(一三) そこで、原告らは、原告らが把握しうる被告会員に呼びかけて、平成四年度から平成八年度の五年間にわたる被告の会計について、公認会計士による再監査を求める旨の原告宛の委任状を一一一通(ただし、一部退会者の分を含む)集めて、平成九年四月二〇日に開催された被告の平成八年度の総会に臨んだ。

平成八年度の総会に先立ち、かつて被告の会員であって一時会費を払ってなかった人が、会員に復帰するために会費を納付した複数の者に対して、被告は、一旦は会費を受け取ったものの、その後、理事会による再入会の承認が得られないことを理由に、会費を返送し、総会への出席はご遠慮いただきたいと申入れた。

なお、被告の会則には「本会の会員となろうとする者は、入会申込書を会長に提出し、理書会の承認を受けなければならない。」(第七条)旨規定されているが、それまでに理事会において会員の入会について承認手続きをしたことはなかった。

(一四) 平成九年四月二〇日の平成八年度の総会当日は、右再入会者の総会会場への入場をめぐって一時混乱があったが、被告事務局からは、被告の会員総数が五一二名、会長に対する委任状が三四五通寄せられている旨報告があり、議長である阪本は、出席者が質問や発言している途中でも、三四五名の委任状がある旨主張して、予定されていた議案につき次々と強行採決を行い、一方的に議決を宣言していった。また、原告らが提出した会計監査の実施を求める緊急動議に対しても、動議としてすら受け付けられず、委任状を見せて欲しいという原告らの要望も受け入れられなかった。

(一五) 原告らは、平成九年五月一五日、被告の顧問的な立場にあった金丸弁護士(顧問契約の存否については確認できない。)に話し合いを申入れ、同弁護士の提案により、阪本抜きで被告の役員らと話し合いを持つことになり、同年六月二八日、金丸弁護士事務所において被告の理事四名と話しあったが、共に被告の行く末を案じて行動していることは相互に理解し合えたものの、正常化への方法論が一致しないまま時間切れとなった。原告は、さらに継続して話し合いを持つことを望んだが、被告側から平成九年七月末日までにこれに対する回答がなかったため、やむを得ず、同年八月五日、被告に対して本件訴訟を提起した。

(一六) 被告は、平成一〇年五月三一日、平成九年度の総会を開催したが、その際、同年四月から被告に採用されたという坂本事務局長が総会の進行役を務め、被告の会員総数が四〇八名、出席者三九名(内理事一一名)、阪本に対する委任状提出者が二九五名いるので総会は有効に成立していることを宣言したのに対し、原告も被告会員の自分に対する一一八通の委任状を有していたことから、阪本に対する委任状について確認させて欲しい旨申入れたが、事務局において確認しているので間違いはないとして、次々と予定されていた議事進行がはかられた。

右総会の議案第三(役員の改選)にあたって、原告らは、独自の立候補者名簿を作成して準備していたが、議長には受け付けてもらえず、被告事務局によりあらかじめ作成、配布されていた役員推薦名簿(案)のとおり、他の承認議案と一括して採択された。

そして、その後、従前からの慣行と異なり、会則どおり、理事の中から互選で阪本が会長に選任された。

2  《証拠略》中右認定事実に反する部分は、後記三記載のとおり、信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

二  争点1について

1  会計処理について

(一) 前記一の(六)認定のとおり、被告は、各種行事を行う際、阪本が被告の会計からまとめて数十万円の仮払いを受けておき、各行事の担当者は出金明細や個別の領収証等を揃えて阪本から支払を受け、行事終了後に精算を行うのであるが、阪本から被告の会計に対しては、一括して同人の私製の領収証のみが交付されることも多く、また、各担当者が阪本に交付した明細書や個別の領収証が阪本によって廃棄されることもあった。

最初にまとまった金額の仮払いを受け後に精算するという方法自体は必要な場合が存することは理解できなくはないが、被告の行っている右の処理では、被告から出金された金員が、最終的に何に幾ら使用されたのか明らかにすることができず、また、個別の出費を裏付ける資料が廃棄されたならば、実際の出費と仮払い精算金の計算の正確性等を後において検証する手段がなく、会計処理の方法として相当でないことは言うまでもない。

(二) 被告は、その決算報告書によると、平成二年度は金七八万三一二七円、平成三年度は一一一万八三九一円、平成四年度は金九二万六〇五八円、平成五年度は金一一四万一六八三円、平成六年度は金八七万三一九九円、平成七年度は金七六万九一六一円、平成八年度は金七三万七四五五円を見舞金として支出したことになっているが、その額は、お中元、お歳暮の代金が含まれているとしても決して少なくはなく、見舞金の支出に関しては、何ら内部的な定めがなく、阪本が自らの裁量で取り仕切っており、宛先が「見舞金」と記載された領収証が作成されているのみで、その支出先や支出理由に関する資料はなくまったく不明である。

また、阪本は、被告の費用により個人名で被告関係者に対しお中元、お歳暮等を送付したことになっているが、阪本の被告に対する領収証が存するのみで、個々の送付先のリストやデパート等の発送伝票や領収証類はまったく存しない。

被告は、原告らの質問書に対する回答書においては、「見舞金は、会員家庭に病気・死亡等が発生した場合に、役員会で事前に決めてある内規に従って差し上げております。」と、また、お中元、お歳暮については贈り主を「交通遺児母の会会長阪本みゆき」としている旨回答していたが、被告代表者は、法廷において、従前は弔慰金の定めはなく会長の裁量で行ってきた、見舞金の支出が高額になるのは、支援者(寄付者)が死亡した場合に、生花を被告、役員一同及びおおぞら会の三名義で出すからである、いかなる人に見舞金を支出するかの基準はない、お中元、お歳暮の贈り主について「交通遺児母の会会長阪本みゆき」とすると受け取らない方もいるので阪本個人名で送っている旨供述するなど必ずしも一貫しない。

しかしながら、いずれにしても、右のような方法では、出金あるいは発送の事実、その金額、出金先ないしは発送先等について個別に確認することができず、阪本は、和田公認会計士から、かかる処理をする場合には、会計帳簿とは別に出金先あるいは発送先のリストを作成しておくよう勧められていたにもかかわらず、これを実行していなかったのであるから、その不備を指摘されてもやむを得ないと言うほかない。

(三) 毎日新聞東京社会事業団や東京都個人タクシー協同組合などの後援で平成六年三月に実施されたバスハイクに関して、実際はバス一台で、しかもパック料金で実施されたにもかかわらず、予算書や決算書には参加人数が水増しされバス二台分としての料金が記載されており、また、パック料金ではなくバス代や宿泊代等個別の料金が記載されている。

これらは明らかに事実と異なった記載であって、右決算書の金額と実際に支出した金額とが一致しない可能性を強く窺わせるものといわざるを得ず、バスハイクの経費等の領収証類との対比検証を要するという原告の主張も頷けるものである。

この点に関しても、被告は、回答書においては、「実際にかかった費用と参加者から集めた参加費の差額が大きくなり、そのままの数字だけを見ると恰も豪華旅行をしたかのように受け取られる虞があるため、役員会で善後策を協議したところ、バス二台を使用したような形で処理しようということになりました。」と記載しているのに対し、被告代表者は、法廷では、皆が一回くらい豪華なバスハイクをやりたいといい、豪華すぎるということが外部に知れてはいけないとバス二台と書いた、発案・処理したのは二名の担当理事であり、役員会には一切諮っていないなどと前記の回答書の記載とは矛盾した供述をする。

右の説明は、いずれをとってもそれ自体必ずしも趣旨が明らかではなく、合理性が認められないばかりか、担当理事に責任を転嫁する意図が見受けられるのであるが、前記のとおり、バスハイクのジュース代の出費についてすら阪本の承認を要する被告の体制にあっては、阪本の関与なしで会計処理がなされるはずがなく、担当理事の独断でできることではないというべきである。

(四) 被告の銀行口座から、平成七年三月一四日、静岡県交通事故遺児を励ます会会長小長井清一名義の口座に金一一〇万円が振込送金されていることに対し、被告は、回答書において、右は同励ます会を通じて貸し付けた入学一時金三〇万円、諸経費二〇万円、緊急貸付金三〇万円、すみれ基金一〇万円、朝日・おおぞら基金二〇万円である旨回答しているが、各種貸付は、基本的には本人に直接することが原則であるにもかかわらず、なぜ、今回は静岡県励ます会を通じて行われたのか、また、貸付が実行されたことを示す資料を提示するよう求める原告らの要請にはまったく回答しない。

(五) 平成三年度から平成八年度までの被告の決算書には毎年五〇万円ないし七〇万円前後の「おおぞら会費」の支出が計上されている。

おおぞら会は、交通遺児の高校生たちの会であり、現在は右高校生たちが参加、活動していないことについては被告もこれを認めるところである。

被告は、右出金は被告の行事についておおぞら会のOBがボランティアで協力してくれる際に食事代等として支出したものである旨説明する。

しかしながら、おおぞら会のOBの協力を得るのはバザーとクリスマス会の年二回であり、正にボランティアで人数も数名程度であるから、前記のような額の支出とは直ちには結び付きがたい。

(六) その他、被告の各種貸付金の貸付金額は、平成三年度ないし平成七年度の間においては毎年金一〇〇〇万円ないし一八〇〇万円前後に上るのであるが、会則には「本会の資産は、会長が管理し、その方法は、理事会の決議による」(第二三条)旨定められているにもかかわらず、その貸付先、貸付金額等はすべて阪本が決定していることから、その詳細は役員といえども把握できていなかった。

また、旧事務員が退職するにあたって、阪本個人名義の預金通帳が存することを明らかにされたが、被告は、大口の寄付先が新たに入学一時金の貸付を行って欲しいと希望したものの、被告ではすでにかかる制度が存在したため、一旦阪本名義の口座に移転して貸付を実行した形を取ったという趣旨の説明をし、証人和田正夫はこれに副った証言をするが、仮にそのとおりであったとしても、かかる処理が正当性を有することにならないのは言うまでもない(したがって、最終的に、右口座の金員が被告の会計に戻されたのは当然といえる。)。

さらに、初歩的な部分では、被告の決算書においては、本来一致すべき平成九年度の前期繰越金の額と平成八年度の次期繰越金の額が一致せず、また、平成八年度の前期繰越金の額と平成七年度の次期繰越金の額、平成七年度の前期繰越金の額と平成六年度の次期繰越金の額も一致しない(却って、平成六年度の前期繰越金と平成七年度の前期繰越金の金額が一致している。)など、およそ責任ある会計処理がなされているとは窺えない状況にある。

(七) 右のとおり、被告の会計処理には、相当でない処理や不明朗な部分が少なくなく、原告らがこれを問題視するのももっともであるといわざるを得ない。

阪本は、和田公認会計士にきちんとした監査をしてもらっているから、なんら問題とするところはない旨供述するのであるが、和田証人は、被告の会計処理に関し、被告の経理担当者が作成した伝票が領収証と一致しているかのチェックと仕訳がおかしい部分のやり直しの指示等、いわゆる経理ないし記帳の指導という範囲にとどまり、実態的な会計監査までは行っていない旨明言しているのであるから、阪本の右供述は到底採用できない。

2  会務の運営について

(一) 役員選任について

前記のとおり、被告においては、会則に反して、長年総会において直接会長を選出し、会長が各役員を指名する方法により、役員が選任されてきた。

かかる方法では、被告のように同一人物が長期間会長職にある場合には、会長は自分に同調的な理事を指名し、批判的な理事を理事から排除することが可能となり、次第に理事による会長のチェック機能が働かなくなる可能性が生じうる点で相当性を欠くこととなる。また、役員人事に関し何時、誰が就任したのか対外的にも明確にされないことも起こりうる。前記一認定のとおり、従前の被告においては、かかる弊害が現実のものとなっていたことが窺えるのである(現に、被告においては、平成七年度ないし九年度に誰が何時役員に就任したのか明確となる客観的資料が提出されていない。)。

かかる弊害が生じる虞があるからこそ、前記一の(一六)のとおり、被告も、原告らの批判を受け容れて、平成九年度の総会においては、直接会長を選任することなく、まず理事を選任する方法を採用したものと認められる。

(二) 会員名簿について

被告は、年額金一〇〇〇円の会費を負担する普通会員(交通事故被害者であって、本会の目的趣旨に賛同して入会した者及び本会に功労のあった者で理事会において推薦された者)と賛助会員(本会の目的事業を賛助し入会した個人または団体)から構成されているのであるが(会則第五条、第六条)、会員名簿が開示されないため、会員同士はもちろん、理事であってもその全体像を把握することができない状況である。

被告は、会員名簿には、家族状況等個人的な情報が記載されているため、プライバシーの保護の見地からこれを公開することはできない旨主張するのであるが、総会における定足数の確定や多数意見の形成に関して、会員が何名おり、誰が会員であるかを知ることは、会員にとっても重要なことである。もし、現存のものが個人的情報をも記載したものであるならば、単なる住所、氏名、電話番号のみの会員名簿を作成すればよく、かつ、右の要請からもその必要性が存するものというべきである。

被告は、総会開催時などに一方的に会員数を発表するのであるが、他の者にはその正確性を判断する材料がないばかりか、発表数が平成八年一一月末日段階では四二八名、平成九年四月二〇日段階では五一二名、平成一〇年五月三一日段階では四〇八名、本件訴訟の答弁書(平成九年九月一六日付)においては時期が不明確ながら被告の会員数は五一六名である旨の主張が存するなど、短期間に大幅な増減が認められる一方、各年度の決算書によれば、被告の会費収入は、平成二年度が二四万五〇〇〇円(二四五名分)、平成三年度が一六万円(一六〇名分)、平成四年度が二五万七〇〇〇円(二五七名分)、平成五年度が二七万八〇〇〇円(二七八名分)、平成六年度が二一万六五〇〇円(二一六名分?)、平成七年度が二八万七四三九円(二八七名分?)、平成八年度が五三万九六〇〇円(五三九名分?)、平成九年度が四〇万八〇〇〇円(四〇八名分)となっているが、(どちらが不自然かはともかく)最後の年度は会費と会員数がぴったり一致しているのに対して、その他の年度は会員数と納入会費とが一致しないし、従前ほぼ二百名台であった会員数が本件紛争が発生した平成八年度に一気に従前の二倍近くに急増しているなど不自然な点も認められる。

したがって、総会の有効性を判断する際には、会員名簿を会員間に公開し、会員数を確定し、被告主張の会員数の存否を確認することが必要不可欠といわなければならない。

(三) 委任状について

被告は、各総会において、多数の会員から委任状を寄せられているとして、それに基づき表決をするのであるが、平成八年度の総会においては、その前年度の会員総数が三〇〇名弱であったと考えられるにもかかわらず、いきなりそれを上回る三四五名分の委任状が存在するといわれれば、それを確認したいとの要望が出るのはもっともな話しであり、また、平成九年度の総会においては、被告には二九五通の委任状が寄せられている旨説明があっても、原告らも一一八通の委任状を有し、かつ、出席者が三九名いるとなると、その合計が総会員数である四〇八名を上回ることになるから、委任状がだぶっている可能性や会員でないものからの委任状が存在する可能性もあり、その有効性を確認する必要があることはいうまでもない。それにもかかわらず、被告は、各年度の委任状を確認させようとはしない。

(被告は、委任状を口頭弁論期日に持参し、閲覧に供しようとしたが、原告が閲覧しようとしなかった旨主張するが、当裁判所は、被告が持参している旨述べたのを聞いたことはあるものの、それ以上に現物の存在を確認したこともないし、右被告主張事実を確認してもいない。)

(四) 以上の結果、被告の会務の運営自体にも不明朗な点が存在するものと認めざるを得ない。

3  まとめ

以上のとおり、被告においては、その会務の運営、会計処理共に不明朗と非難されてもやむを得ない状況にあることは明らかである。

三  争点2について

1  ところで、被告は、平成七年六月三日開催の役員会(理事会)で阪本が会長に選任され、原告らは理事を辞任した旨主張するのであるが、前記一の(九)認定のとおり、六月三日の理事会は阪本が前回の理事会の決議を否定して紛糾し、収拾がつかなかったのであって、もし、阪本が会長に選任されていたのであれば、七月一四日に役員改選を議題とする役員会の開催通知などが発送されるはずがない。

この点に関し、証人岸野順恵(以下「岸野」という。)及び阪本は、右通知書は慰労会の案内状である旨供述するのであるが、右供述は同書面の記載に明らかに反するものであって、到底信用できない〔右書面には「役員会開催通知」の表題が付けられており、「去る四月一六日総会時の第六号議案役員改選について結論を出したいと思いますので、下記の通り役員会を開催します。」と記載され、議案についても「第六号議案役員改選について」と明記されている。なお、仁科は、別に平成七年一一月に岸野らが言う慰労会らしき会の案内状を受け取っている〕。

したがって、平成七年六月三日の理事会において、阪本が会長に選任され、原告が理事を辞任したことを認めるに足りる証拠はなく、右同日において原告が理事の地位を失ったとする被告の主張は採用できない。

2  他方、原告は、平成八年四月の総会における会長及び役員の選出は、その方法が会則に従ったものでないから適正な役員選出ではない旨主張する。確かに、その時の選出方法は会則に定める方法ではなく、前記のとおり会長の事務運営に対するチェック機能等の側面からは問題が残るし、被告の総会運営に関しても適正なものかなお疑問の余地もあるものの、右選出方法は被告において従前から長年慣行的に採られてきた方法であり、原告や仁科も右総会に出席の上、特段その点に関して異議を述べることもなく、役員の交代に明確に異議を留めないまま、それ以後には役員としての職務を行わず、また、後日の被告に対する質問状においても、自ら元理事である旨明言しているなどの事実に照らせば、原告は、右総会時以降明示的に役員を辞任した旨の意思表明をした訳ではないものの、新理事が指名、選任されたことに伴って、自らは理事の地位を退いたことをその当時においては受容し、被告に対しては、黙示的に辞任の意思表示をしていたものと認めることができる。

したがって、原告は、遅くとも平成八年四月以降は、理事の地位を有するものとは認めがたい。

3  よって、原告の理事の職務上の権限に基づく閲覧請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がない。

四  争点3について

1  被告のような権利能力なき社団の構成員の機関に対する閲覧請求権に関しては、法律上明文の規定は存しない。一般に、団体の機関の業務執行についての調査に関して、いかなる手段・方法を構成員に認めるかは当該団体の自律に任されているというべきであり、規則、会則等に具体的に規定されているのが通常である。

2  被告の会則によれば、事業計画の決定、収支予算及び収支決算の承認のほか、会則の変更や解散について総会の決議事項と定めているが、帳簿等の閲覧については特段の定めがない。

しかしながら、被告の会則が会員による帳簿等の閲覧請求権を否定しているものとまでは認められない。なぜなら、被告の会則は全部で二八条に過ぎず、基本的な事項について必要最小限の定めを規定したものと認められ、また、被告のような、財源を善意の者による寄付金に負うところが大きく、公益性の認められる団体にあっては、殊更運営の公正さが要求され、特に会計処理に関する透明度を高める必要性が大きいからである(参照、公益法人の帳簿備え置き、閲覧)。

さらに、被告におけるように会員に対して予算や決算の承認権が与えられている場合、すなわち会員が機関の会計処理等が適正に行われているかを最終的に審査、判断する権限を与えられている場合には、右権限を行使する過程で、適正かつ正確な資料、情報が必要となることも少なくなく、かかる場合、原則的には被告が主張するような理事を介して行う方法が考えられるが、それによっても不十分であったり、そのような方法が有効に機能しない場合などは、直接原始資料等の検討が不可欠となることも起こりうるのであって、かかる場合に右原始資料を閲覧することによって、その原始資料の存在及び正確性等を確認することが最も有効な手段といえる。したがって、会員の閲覧請求権は、最終的には右予算や決算の承認権に内在しているものと認めることができる。

3  ところが、他方、閲覧請求は、安易に行使されると団体の機関に負担を強いる結果となり、また、内部抗争の手段や団体あるいは機関に対する嫌がらせ等他の目的のために濫用されるおそれもないこともない。

そこで、帳簿等の閲覧の有効性を最大限尊重しつつ、かつ、濫用の危険を回避するためには、当該団体が明示ないし黙示的に閲覧請求を排除していないことを前提として、

(一) 会務の運営や会計処理等に不明朗が存することが相当の根拠をもって強く疑われること

(二) 会則内での明示されている是正手段が尽くされたにもかかわらず、功を奏せず、他に有効、適切な手段がないこと

(三) 目的が専ら会の運営、会計処理等の正常化を図ることにあること

の三要件が充足されるときは、会則上に閲覧請求権を認める旨の明文の規定がない場合でも、会員個人が会則上に定められた権限を行使する上で必要な範囲内で閲覧請求権が認められるものというべきである。

4  そこで、以下、これを本件について検討する。

(一) 本件において、右3の(一)の要件を充足することは、前記二においで検討した結果から明らかである。

(二) また、前記一において認定したとおり、原告らは、本件訴訟を提起するまでに、二度の総会において被告の運営、会計処理の不明朗な点を明らかにし、これを是正するよう求めたが、被告執行部に受け入れられず、質問状や再質問状を送付し、または、直接被告の理事と話し合いを持つなど様々な手段を尽くしたにもかかわらず、功を奏せず、また、被告の総会自体が、まさしく被告の議事運営の不明朗さの故、有効に機能していないのであるから、原告らにとって、他に有効、適切な手段が存しないというほかない。

(三) さらに、被告は、本件訴えは、交通遺児育英会の内紛に関係があり、外部の者の影響により提起されたものであるかのような主張をする。

しかしながら、すでに前記一において認定したとおり、本件紛争は、被告を退職する旧事務員が、これまでの阪本の会計処理の不明朗さを原告らに説明、開示し、以後は阪本の会計処理を十分監視するよう忠告したことに端を発しており、また、原告、仁科をはじめ原告らは、いずれも古くから阪本と共に中心となって被告の活動を支えてきた人達であり、被告の行く末を案じており、その同調者も多いこと(原告は、甲五号証として一一一通の会計監査請求を求める請求書を提出するが、中にはすでに被告を退会したことを自認しているものもあり、また、被告の会員名簿が存しないため、被告の会員が何名含まれるか確定できない。)、その他本件訴訟提起に至る経緯及びその後の状況等に照らせば、原告の目的が専ら被告の運営及び会計処理の正常化を図ることにあることは優に認めることができる。

(四) 以上の結果、原告には、被告会員個人として、また、被告の多数の会員から委任を受けた者として、会計帳簿等の閲覧請求権を有するものと認められる。

そして、すでに認定した被告の運営、会計処理の不明朗な点を明らかにし、かつ、原告が総会において有効に会員としての権利を行使するためには、原告が主張する別紙目録記載の一ないし一〇のすべての書類につき閲覧を認める必要があるものと判断する。

なお、被告は、閲覧の他に謄写を認めるべきでない旨主張する。

しかしながら、対象者が被告会員に限定されていること、対象書類が多数に及んだり、特に会計帳簿等にあっては、数字の検討、対比等が必要となり、閲覧のみでは十分に目的を達し得ない場合が存すること、かかる場合に被告事務所において長時間閲覧されることは却って被告の日常の事務処理を阻害する結果となり兼ねないこと、謄写機器の発達により、対象文書を持出さず、その場で短時間で謄写が可能なことなどの諸点を総合すれば、閲覧に加えて謄写をも求めることができると解するのが相当である。

五  結論

以上の次第で、原告の被告に対する別紙目録記載の会計帳簿等についても閲覧(謄写)請求は、理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官 村岡 寛)

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